宮崎キャビア1983 のキャビア

miyazaki caviar 1983

世界のVIPを
おもてなしする、
日本のキャビア。

G7サミット、国際線ファーストクラス、モナコ公室——世界が選んだ理由が、ここにある。

G7サミット 連続採用

モナコ公室御用達

ANA・JAL 国際線ファーストクラス

5つ星ホテル

ミシュラン三つ星レストラン

キャビアスプーン

1983年、たった200尾の挑戦から。
世界が選ぶ一粒へ。

brand story

日本のキャビアをつくる。

宮崎の水

chapter 01 — 起点

キャビアの味も、知らなかった。

1983年。
宮崎の小さな研究施設に、旧ソ連から200尾のチョウザメが届いた。当時、キャビアを食べた経験のある者は、ほとんどいなかった。日本でチョウザメを育て、キャビアをつくるための手本もない。事業になる保証もなければ、いつ卵が採れるのかも分からない。あったのは、200尾の魚と、日本でキャビアをつくるという挑戦だけだった。

チョウザメの養殖場

chapter 02 — 時間

三代、30年。

チョウザメは、すぐには卵を持たない。早い魚体で5年、6年。遅い魚体なら10年。稚魚を育て、次の世代を育て、さらにその次の世代へと命をつないでいく。宮崎の地で親子三代を育てあげて、初めて完全養殖と呼ぶことができる。

三代、およそ30年。
急がなかったのではない。急げなかったのだ。

これでいいのか、ではなく。
これ、うまいか。

キャビアの一皿

chapter 03 — 再定義

塩をまぶすだけでは、目指す味にならなかった。

生ものは、新鮮なほど美味しい。私たちも、そう考えていた。

しかし、採れたての魚卵に塩を加えただけでは、私たちが求める美味しさには届かなかった。

キャビアの美味しさは、塩味の強さでも、テクスチャーでもない。たどり着いた答えは、旨味だった。

魚卵を愛し、発酵や熟成の旨味を知る日本人の感覚で、キャビアという食べ物を、一から見つめ直す。

それが、宮崎で生まれるキャビアの出発点になった。

加工場

chapter 04 — うま味をつくる

旨味は、時間にしかつくれない。

旨味を引き出すためには、熟成がいる。加熱にも、防腐剤にも頼らない。使うのは、ごく少量の岩塩だけ。非加熱・低塩分で、時間をかけて熟成させる。それは雑菌との闘い。そのために、加工場そのものを一から設計し直した。

管理されたクリーンルーム。床からも菌が検出されない。

一人ひとりが、衛生基準を守り続ける。

目に見えないものにまで向き合って、ようやく、時間を味方につけることができる。

−40℃

いちばん美味しい瞬間で、時を止める。

熟成によって旨味が引き出され、そのキャビアが最も美味しい状態に達した日。キャビアマイスターが、その瞬間を見極める。そこで急速冷凍をかけ、−40℃で熟成の時間を止める。

冷凍すること自体が、目的ではありません。解凍したその瞬間に、熟成のピークを味わっていただくためです。

産地で完成した美味しさを、できる限りそのまま、召し上がる方のもとへ。それが、私たちの選んだ答えです。

宮崎キャビア1983 の一粒

chapter 05 — 世界へ

日本のキャビアを、世界へ。

自分たちが信じる美味しさを、一つひとつ、正直に追い続けてきました。宮崎で生まれたその一粒は、やがて「日本のキャビア」として、世界の舞台でも選ばれるようになりました。

G7サミット。
国際線ファーストクラス。
特別な人へ提供される一皿へ。

海外のキャビアを追いかけるのではなく、日本だからつくれるクラフトキャビアを、目指してきました。1983年に始まった挑戦は、今も続いています。

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